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少年マンガがあなたを殺す(2)

この記事の続きです。

では、何がナンセンスなのか説明するために、ここで少年マンガに話を戻しましょう。少年マンガでは困難に対して逃げずに立ち向かって行けば大抵の場合はなんとか解決することができます。その時のキャラクターの姿勢だったり、周りの人間とのドラマだったりが面白いというのは異論がありません。しかし、主人公たちはなぜ困難と戦って、そして勝つことができるのでしょうか。努力の量がどうとか仲間との絆がどうのとかそう言った話をしたいのではありません。理由はシンプル「漫画家が考えたお話だから」です。
漫画家は主人公に対して神の視点から手厚いサポートを施します。修行をさせる時は頼れる師匠キャラを近くに置いて的確なアドバイスをさせたり、自信をなくしそうな時は何か特別な才能を閃かせたり、メンタルが壊れそうな時は可愛い異性に励まさせたり時には叱咤させたりといったイベントをベストなタイミングで起こしてくれます。そして何より、感動的で納得のいく終着点をあらかじめ用意してくれています。これは殆どどの漫画でも、たとえリアリティがあるとされている漫画でも同じことで、神の視点からのサポートがあるからこそ「リアリティのある名作漫画」といったものが作れるのです。

では、現実世界ではどうでしょうか。まず現実では神様がこう言ったイベントを起こしてくれるわけでもなく(もちろん人によっては起こるでしょうが)、ドラマチックな終着点をあらかじめ考えてくれているわけではありません。よって大前提として努力が必ず報われるとは限りません。これは前提であり、議論するまでもない真実です。

もちろん、何が報われる努力で何が報われない努力なのか、正確に知ることは不可能です。しかし、誰にもわからないからこそ自分で出来うる限りの推測をして、無駄な努力と有効な努力を選別しないといけません。
もし、特定のスポーツを長くやっていて、そしてそのスポーツが弱い人は自分が現在の環境でレギュラーになれるのか、もしくは大会に出ることができるのか、自分の中ではハッキリとわかっているはずなのです。そこで歯を食いしばって
「いや、弱くても大会に出られなくても関係ない!立ち向かっていくことが大切なんだ!!」
と叫ぶことは、確かに格好良く尊いことに思えるかもしれません。
しかし、現実は漫画と違って大番狂わせなどほとんど起こりません、無駄な努力の99%は無駄な努力で終わってしまうのです。加えて、人間のリソース(時間や体力、お金など)にも間違いなく限界があり、努力とはリソースを消費することそのものです。つまり何かに対して努力をした分、他の何かに対して使えるリソースは確実に減っていきます。「何が何でもやり遂げる」とはそのリソースを全身全力でドブに捨てることに違いありません。努力の方向を変えれば違う夢を叶えることができたかもしれないのに……
「すぐに投げ出してしまう奴は社会では通用しない」と言った言葉を聞いたり、実際に言われたことがあるかもしれません。しかし、社会に出れば無駄な努力と有効な努力、どちらが評価されるかなど比べるまでもありません。明らかなブラック企業に在籍しながら「他の人に迷惑がかかるから」「逃げ出したくないから」といった理由で退職しないのは無駄な努力以外の何物でもありません。社会人になってなお「無駄な努力」に血眼になっている人は、これはもう救いようがありません。現実はマンガではないのです、「投げ出す」という選択肢を消し去った場合、どうしようもない困難にぶち当たった時は「死ぬまで頑張る」しかなくなります。その先にあることこそが過労死やうつ病などではないでしょうか?僕は、そんなの絶対ごめんですね。

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